1.どうにもこうにも気に障るあいつ
俺達は小学生の頃からずっと一緒にやってきた。
今でも「親友」と言えば若島津のことしか思い浮かばないし、勿論サッカーにおいてもかけがえのないパートナーだ。
他の奴とルームメイトになるなんてのも、絶対考えられない。
だけど・・・あいつを見ていると妙に苛々するようになったのは、いつからだろう。
若島津のカンペキに整ったキレイな顔には、もう髪バサバサの小汚いガキだった頃の面影は微塵もない。
成績はトップクラスで、サッカー部じゃ副キャプテンとしてチームのまとめ役。
誰にも文句の付けようのない、ご立派な優等生サマだ。
まあ、あいつは元々お坊ちゃん育ちだから、そういった意味じゃ「ようやく本来の姿に立ち返った」って言うべきなのかもしれないけど。
あんなに生意気で激しい奴だったのに、今じゃ「みんなに優しい」とか「謙虚で控え目」とか言われてる。
にもかかわらず、俺にはちっとも優しくないのがますますムカつくんだ。
最近では俺に向ける毒舌が、ますますキツくなった感じだし。
どうにもこうにも気に障るあいつの態度。
先週の身体測定で、いつの間にか5センチも差を付けられていたことに愕然とした。
時折何か深く考え込んでいるような横顔は、めっきり大人びて、近づきがたい空気を漂わせていることもある。
ただサッカーだけしていれば良かった時期が、終わりに近づいているような気がして・・・
俺は何処か不安だったんだ。
● ● ● ● ●
2.あんたそれは・・ズバリ、恋ね!
「・・・ところでさぁ。最近、日向さん達ケンカ中?」
ある日、選択授業の音楽鑑賞の時間に反町にそう突っ込まれた。
ちなみに若島津の選択は書道なので、この場にいない。
「いや。別に」
「そーかなー。何だか最近夫婦の会話が少ないように見えるけど」
本当にケンカしてる訳じゃない。
つか、そもそも俺達は夫婦じゃねえ!
「健ちゃんにも訊いて見たけど、違うって言うんだよね」
「ならいいじゃねえか」
「だけどあいつ、ちょっと気にしてる風だったよ」
「・・・何を」
「何か日向さん、気に入らないことでもあるのかなぁって。俺としちゃ、日向さんが健ちゃんを怒らせたとばかり思ってたんだけど」
「何で俺が!」
思わず大声を出しかけて先生に睨まれた。
慌てて首を竦めながらも、俺ははなはだ不本意な気持ちで小声で抗議する。
「俺は何もしてないぞ。大体あいつが」
「あいつが?」
「あいつは・・1人で何でも出来る奴だし もう俺なんか必要じゃないって感じでさ・・・」
何でこんなにヒクツなことを言ってるのかと自分が嫌になってきたけど、それを聞いた反町はしたり顔で頷いた。
「あんたそれは・・ズバリ、恋ね!」
「恋だぁ!?」
「いつまでも健ちゃんを自分1人のものにしておきたいんでしょ」
「どーゆー理屈だ!」
「そこ。静かに出来ないんだったら、廊下に出てて良いですよ」
音楽の先生の冷たい声に今度こそ本当に身を縮めながら、教科書で顔を隠す。
反町がヘンなことを言うから気になっちまって、残りの授業も何処か上の空だったじゃねえか。
● ● ● ● ●
3.俺以外には・・あんな顔して笑うくせに
「若島津君!」
そう呼ぶ声が聞こえたので、思わず窓の外に視線をやると、渡り廊下の途中で立ち止まった若島津に何人かの女生徒が駆け寄っていくのが見えた。
みんなカラフルな袋を手にしてる。
「あー、今日の調理実習はパンだったっけ」
島野が心底羨ましそうに言った。
「いいなぁ。後で俺達にもお裾分けが回ってくるかな?」
「お前、男ならお裾分けなんか期待するなよ。ちゃんと個人的にだな・・・!」
そう息巻いた反町は、ドアの所から呼ぶ声にとっておきの笑顔を浮かべて立ち上がる。
帰ってきた奴の手にはやっぱりリボンで結ばれた紙袋。
「何だよ、その得意げな顔」
「ひがまないひがまない」
足を蹴ったの蹴らないのとケンカを始めた反町と島野をよそに、もう一度渡り廊下に目をやった。
若島津が笑っているのが見えた――キレイな笑顔だった。
俺以外には・・あんな顔して笑うくせに。
女の子達も笑ってる。
「・・・日向君」
そう呼び掛けられて振り向いた時、反町に言わせると、俺はマジで怖い顔をしていたらしい。
目の前に立っていた女の子が、ちょっと後ずさったのが判った。
「あの、これ・・・」
彼女の真っ赤な顔と差し出された紙袋を交互に見比べて、ようやく俺にくれたんだということを理解する。
「・・あ、どうも」
受け取ると女の子はホッとしたように笑い、走り去っていった。
「やるねぇ、日向さん」
悪い気はしなかった。
と言うことは、若島津だって悪い気はしないだろうと言うことに気付いて、何だか面白くなかった。
貰ったパンは本当に美味かったけど・・・ちょっぴり胸につかえるような感じだった。
● ● ● ● ●
4.その寝顔に思わず見入ってしまって
最近、若島津と部屋に2人っきりになるのが気詰まりに感じる。
あいつの気配とか呼吸とか、流れるような滑らかな動きを、無意識に追っている自分に気付いたからだ。
だから談話室でテレビを見ながら、みんなの会話を聞いていることが多くなった。
そこに若島津がいる分には別に構わなかったけど、テレビより読書が好きなあいつはあまりその輪には加わろうとしない。
その日も消灯まで粘ってようやく部屋に帰ると、若島津はベッドに寄りかかるような格好で居眠りをしていた。
手からは分厚い本が滑り落ちそうになっている。
「・・・おい、寝るんならちゃんと寝ろ」
肩を揺すった途端、はらりと髪が流れて顔があらわになった。
その寝顔に思わず見入ってしまって、動けなかった。
俺と若島津が初めて会ったのは、小6の時だ。
吉良監督は一目で若島津が「べっぴんさん」なことを見抜いたけど、まだガキだった俺はひょろっちくて髪バサバサのこいつの何処が「べっぴんさん」なのか、今一判らなかった。
そんなことより俺にとって重要だったのは、こいつのサッカーセンスや、強気で負けず嫌いの性格、そして照れ屋で義理堅いところだった。
ちょっとしたはずみでホントにキレイな顔しているのに気付いた時は、何だかえらくびっくりした覚えがある。
それでも最近は殆どオフィシャル化していたから、いい加減見慣れたつもりでいたのに・・・
たった今受けたショックは、1度目の時とさほど変わらないくらいの威力だった。
● ● ● ● ●
5.
ふとした瞬間のこの気持ちに驚いて
いつの頃からか、若島津の頬からは子供っぽい丸みは消えて、すっきりとシャープな輪郭が際立つようになった。
男クサくはないけど、別に女っぽいって訳でもない、不思議に整った顔だ。
最近の若島津は、俺の前ではどちらかと言うと深刻ぶった顔をしてることが多かったから、こんな風に無防備な表情を見たのは久しぶりだった。
普段はきりっと引き結ばれている唇が薄く開いていて、思いがけずふっくりと柔らかそうに見える。
・・ここにキスしたら、どんな感じがするんだろう・・・
ふとした瞬間のこの気持ちに驚いて、俺は引っくり返りそうになった。
おおおお俺は今、何を考えてたんだ?????
男相手に、しかもずっとガキの頃から一緒だった若島津に、キキキキスしたら、だと!?
その想像があまりにも自然だったから、余計に始末が悪かった。
慌てて手を引っ込めようとした途端、若島津の手から本が落ちて、あいつはパチリと目を醒ました。
「日向さん・・・?」
突然至近距離で目が合ってしまい、思わずまるでコワいものから逃げるかのように上体が仰け反る。
俺の動揺は、一気にMAXまで振り切れてしまった。
「こんなところで寝てんな!」
上擦った自分の声は、俺自身の耳にも必要以上にキツく響いた。
● ● ● ● ●
6.今更素直になんてなれるはずも無くて
若島津もムッとしたらしい。
「あんたこそ何してるんですか」
ちょっと前まで柔らかかった表情は、あっという間に消えてしまった。
その冷たく突き放すような言い方がまた癇に障る。
「間抜けた顔して寝とぼけてるお前の顔、拝んでたんだよ」
寝顔に見惚れてた。しかもキスしたら・・・なんて考えてた、なんて言えっこない(ぶん殴られるのがオチだ)。
「・・・よっほどヒマみたいですね」
若島津は俺を押し退けるようにして、立ち上がる。
やばい、地雷を踏んだか。
こいつが昔から顔のことを言われるのを嫌がってたこと、うっかりしてた。
「この顔が気に入らなきゃ、見なきゃいいじゃないですか」
「生憎とな、同じ部屋にいる以上ツラ合わせなきゃなんないんだよ」
思ってることと全然違うことを喋るこの口を殴ってやりたい。
「・・・だから最近、談話室に入り浸ってるんですね」
もしかして気にしてたのか。
学校でも部活でも平然としてたから、俺が失踪さえしなければどうでもいいのかと思ってた。
でも、今更素直になんてなれるはずも無くて、俺は背を向けることで話を打ち切る。
「ガサツな俺がいると、読書のお邪魔だろうからな」
これ以上イヤなことを言いたくなかった。
明日の準備を始める俺の後ろで、若島津が微かにため息をつく気配がした。
● ● ● ● ●
7.そんなことが言いたいんじゃなくて
「・・・日向さん」
「ああ」
「言いたいことがあるんだったら、はっきり言って下さい」
思い詰めた口調で若島津がそう言った。
こんな風に核心に触れる会話がイヤでずっとこいつを避けていたんだ、ということに突然俺は気付いた。
こないだ反町に「恋」だと決めつけられてから、俺はそのことばかり考えていた。
男相手に「恋」だと言われて、ハイそうですかとすぐ納得できる訳がない。
だけど、ついさっきだってこいつにキスしたいなんて思ったのはホントだし、若島津が女の子に笑いかけてたってだけで理由もなくムカついたりしたのも事実だ。
あいつのキレイな笑顔は、元々は俺だけのものだったのに・・・あの時俺は確かにそう思ったんだ。
「・・・別にねえよ」
「嘘だ」
若島津はいつになく食い下がってくる。
「選手権が終わってから、あんたは妙にイラついてるでしょう。俺が原因みたいだけど、幾ら考えてもその理由が判らないんです」
「だから、何もねえって言ってんだろ」
「俺は・・・あんたに嫌われるのはイヤだ」
嫌ってなんか。お前を嫌うことなんかあるもんか。
今までずっと俺の支えになってくれたお前を、俺が嫌いになるなんてことがある筈ない。
「・・いいじゃねえか。お前はみんなにアイされてんだから」
違う。そんなことが言いたいんじゃなくて、俺の本心は。
「・・・それって、日向さんは嫌いって意味ですか・・・?」
若島津は明らかに傷ついた顔をした。
● ● ● ● ●
8.傷つけるだけ傷つけても残るのは後悔だけなのに
「・・もうすぐ俺達も卒業だ。その前にユースのことも考えなきゃならねえし、いい加減ガキの頃の約束に縛られることないだろ」
『日向さんといつまでもずっと一緒にサッカーしたいと思ってる』
6年前、俺が東邦に行くことになった時に若島津はそう言った。
その言葉通り、親父さんの願いを振り切ってまで、俺についてきてくれた。
中3の時の同時優勝も、高校選手権三連覇も、こいつナシじゃありえなかった。
サッカーだけじゃない。
学校でも寮でも若島津の存在がどれだけ俺の助けになったか、とても口じゃ言えない
くらいだ。
だけど、ユースに専念する今年はともかく、いずれはプロになって別々の道を進まざるをえないという現実が、目の前に立ちはだかっている。
「もう馴れ合いっこはナシにしようぜ」
反町が言うように、この気持ちがもしも「恋」だとしたら。
子供っぽい感傷は早めに切り捨てないと、お互いの為にならない。
でないといつか、何か取り返しのつかないことになっちまいそうな気がする。
「・・馴れ合いっこ・・・?」
「ま、結構楽しかったけどな。こーゆーのも」
傷つけるだけ傷つけても残るのは後悔だけなのに。
でも・・・お前を独占出来ないのなら。
俺の本心を告げて、そのキレイな顔を当惑や・・・嫌悪で歪ませるくらいなら。
いっそ何もなかったことにした方がマシだと思った。
「礼を言うぜ」
次の瞬間、俺は床に引っくり返っていた。
● ● ● ● ●
9.本気でケンカできるのは、あんただけだ(人称変更「お前」→「あんた」)
若島津は右手を左手でぎゅっと握り締めて、俺を見下ろしている。
「・・俺はあんたに礼なんか言われたくない」
殴られた俺より痛そうな顔だった。
「俺は自分の意思であんたについて来たんだし、あんたと一緒にいるのも馴れ合いのつもりじゃなかった」
普段は耳に心地いい若島津の少しかすれた声が、何だかひび割れたように聞こえた。
「本気でケンカできるのは、あんただけだと思ってたのに・・」
・・じゃあ、何か?
最近お前が俺にだけ優しくなかったのも、そういうことだったって言うのか。
「・・・殴ってすみませんでした」
若島津は俺の前に膝をついた。
「でも、さっきの日向さんの言葉、あれはウソでしょう?」
「ウソなんかじゃ・・・」
「日向さんは優しいから、俺を傷つけまいとしてわざとああいう風に言ったんだ」
「・・お前、何言って・・・」
まさか。こいつ、俺の本心に気付いてやがったなんてことは・・・。
「ごめんなさい、俺ニブくて。そんなにうっとおしかったなんて知らなかった」
「・・・は・・・?」
若島津は肩を落として立ち上がると、そのままドアに向かって歩き出す。
「ちょっ・・、どこ行くんだ!?」
「反町か島野に部屋変わって貰います」
バタン。若島津らしくない無粋な音を立ててドアが閉まった。
誤解が誤解を生んでややこしくこじれたまま、俺は呆然と座り込んでいた。
● ● ● ● ●
10.いつもみたいにケンカできたら
あれから一週間。若島津は何事もなかったかのように振舞っている。
あの夜、入れ替わりにやってきた反町は何だか知らないがえらく腹を立てていた。
もっとも、呆けたように床に這いつくばった俺を見ると、
「日向さん・・バカだね」
と言ったきり、憐れむような視線を送って寄越したけど。
もう帰ってこないんじゃないか・・・という予想に反して、若島津は翌日にはまた部屋に戻ってきた。
そして、「穏やかな話し方」と「控えめな物腰」と「キレイな笑顔」で俺に接する。
他の奴らに対する態度と全く同じだ。
俺はそれを望んでいたんじゃなかったのか、と自分を納得させようとした。
だけど――今になってようやく判ったことがある。
若島津が俺をどれほど「特別」に扱っていたかということだ。
キツイ口調もいけずな態度も、そして強気で誇り高い視線も、みんな俺だけのものだった。
どんなに外見上が変わっても、ガキの頃から変わらない素のままあいつ。
俺だけに許されていた特権を、俺は自分の手で無くしてしまった。
そして、もう1つ。
どうしても我慢出来ないことがある。
あの夜あいつを突き放したのは、若島津から俺に愛想を尽かしてくれればいいと思ったからだ。
それがこの「恋」とやらを忘れられる、唯一の方法の筈だった。
なのに若島津は、俺の方があいつを切りたかったんだと思っちまってる。
そんな。そんなバカな話があるものか。
頭イイくせに、いつも俺のことを何も言わずに判ってくれてたくせに、何だってこんな大事なことを間違えるんだ。
俺も大バカだけど、あいつもバカだ。
いつもみたいにケンカできたら・・・そう思ってあいつを目で追っても、視線が合うことはなかった。
● ● ● ● ●
11.あんた・・俺のこと、嫌いなんだろ・・・・?(人称変更「お前」→「あんた」)
身勝手なようだけど、誤解だけは解いておきたかった。
あいつの存在が俺にとって何の意味もなかった、なんて若島津に思わせたままでいることは出来ない。
悪いのは・・・全部俺なんだから。
談話室から部屋に戻ると、若島津は本を読んでいた。
少なくても読んでるフリをした。
何故なら、分厚いハードカバーはちょうど真ん中辺りで開かれたまま、昨日からも一
昨日からも殆ど進んだようには見えなかったからだ。
「――なあ」
「・・・はい?」
若島津は愛想良く返事をする。
今までなら「今、読書中」ときっぱり言い捨てただろうに。
「こないだの話だけど」
そう言った途端、若島津の横顔がこわばった。
「蒸し返すようで悪い。だけど、あれはお前の誤解だ。俺はお前をうっとおしいなんて思ったことは一度もない」
「・・そうですか。じゃ良かった」
さらりと受け流して、若島津はまたページに目を戻す。
これ以上俺とこの話題を続ける意思がないことを、きっぱり示した感じだった。
だけど、これで誤解が解けてあー良かった、なんて到底思える訳がない。
「お前、信じてないだろ」
「信じてますよ」
「だったら何で俺の目を見ない」
若島津は苛立ったように本をパタンと閉じると、久しぶりに俺を真っ直ぐ睨みつけた。
「これ以上俺に何を言わせたいんだ!」
こいつの感情の波を表すように、声が裏返っている。
「馴れ合いっこはナシって言ったのは、日向さんじゃないか」
「だからそれは・・・!」
「あんた・・俺のこと、嫌いなんだろ・・・・?」
若島津の唇が震えるのが判って、胸が締め付けられるように痛んだ。
● ● ● ● ●
12.ケンカの時とはまるで違う、その濡れた瞳に理性が切れそう
「・・嫌いなら嫌いでいいから、もう放っておいて下さい。これ以上俺をミジメにし
ないでくれ!」
「嫌いなんかじゃねえよ!」
俺も負けずに怒鳴り返した。
「嫌いな筈ねえだろが」
「だってもう俺はいらないみたいなこと言ってたじゃないか。いい加減ガキの頃の約
束に縛られたくないって」
「縛られたくないんじゃなくて、それでお前を縛るのがイヤだったんだよ」
若島津の目がうっすらと潤んでいる。
ケンカの時とはまるで違う、その濡れた瞳に理性が切れそうだった。
「反町に言われた。いつまでもお前を自分1人のものにしておきたいんだろって」
「・・何それ・・・」
「自覚なかったけど、このままじゃマジでそう思っちまいそうでコワかった」
「・・・・・・」
「お前が女の子に笑いかけてただけでムカついたし、こないだだってホントは・・その・・嫌がるだろうけど、お前の寝顔に見惚れてたんだ」
「・・だけどあんた、俺の顔嫌いだって言った」
「そんなこと言ってねえ! あんましキレイで・・・――な・殴ってもいいからちゃ
んと聞けよ――キ・キスしたらどんなかな、なんて思ってたらいきなりお前が目ェ開けるから、俺パニクってさ」
一気に喋ってしまうと、目を閉じて、鉄拳が飛んでくるのを待つ。
1秒、2秒・・・しかし、何も起こらない。
恐る恐る目を開けると、うなだれた若島津の前髪の隙間からポタポタと水滴がこぼれていた。
● ● ● ● ●
13.こんなの・・おかしいだろ・・っ
「・・若島津・・・」
殴られるのは覚悟してたけど、まさか泣かれるとは思わなかった。
長い付き合いの中で、こいつが泣くのを見たのはほんの数えるくらいだ。
「ごめん・・やっぱ気持ち悪いよな」
自分の言葉に自分で傷ついて、俺は儚い「恋」の終わりを思った。
でも若島津を傷つけたままにしておくよりは、よほどマシだ。
(別の意味で傷つけたかもしれないけど、そこまで考える余裕はさすがになかった)
「だから、絶対お前のこと嫌いとかそういう訳じゃねえから、それだけは信じてくれ」
俺はそのままドアに向かって歩き出す。
「・・どこ行くんです?」
「反町か島野に部屋変わって貰う。その方がいいだろ、お前も」
同じようなやり取りを一週間前にもしたことをほろ苦く思い出しながら、部屋を出て行こうとした途端。
いきなり腕をつかまれた。
「いつも自分ばっかり・・」
鼻をすすりながら若島津は途切れ途切れに言った。
「・・俺の気持ちは・・全然聞いてくれない・・」
「だってお前・・・」
「俺は自分の意思で・・あんたについて来たんだって言ってるのに・・」
「・・そりゃ、まあ・・」
「・・俺の気持ちに気付いてて・・それで避けられたんだと思った・・」
「・・・おい?」
予想外の展開に、俺はポカンとしたまま、目の前の若島津の涙でぐちゃぐちゃの顔を眺めていた。
「俺にとってあんたはずっと特別で・・ホントはあんたにならキ・キスも・・・そ・それ以上のことも・・なんて・・・こんなの・・おかしいだろ・・っ!」
● ● ● ● ●
14.今日はパンチの代わりにキスを
「・・それって・・お前も俺のこと・・・」
好きだってことか?
そう聞こうとして、俺自身はまだ一度も若島津にちゃんと言ってないのを思い出した。
相手に先に言わせようとするなんて、フェアじゃないよな。
緊張と、さっきの言葉の意味を期待したい気持ちで、心臓がバクバクする。
「好きだ、若島津」
「・・何で・・・」
若島津の鼻は泣き過ぎたせいで真っ赤になっている。
普通ならヒドい顔と言うべきなのかもしれない。
でも、人形みたいなキレイな顔よりもずっと――こんなこと言ったら今度こそ鉄拳だろうけど――可愛いなぁと思いながら見ていた。
「何で・・って聞かれても、お前だからって答えじゃダメか?」
「・・・・・・」
「でもお前が嫌なことはしたくねえってのもマジだ。今ならギリギリ間に合うから」
俺の腕を握り締めていた若島津の手に、ぎゅっと力が入った(痛ってー:汗)。
「・・嫌なことなんてない」
「・・・若島津」
「俺だって、ずっとあんたのこと・・・好きだった」
こいつらしいシンプルな言葉に、胸が熱くなる。
「後悔すんなよ」
ほんの少し高い位置にある若島津の唇に、俺は恐る恐る自分のそれを重ねた。
「・・今日はパンチの代わりにキスを貰ったな」
「・・・バカ・・・」
正真正銘のファーストキスは、想像してた通り柔らかくて、ちょっとばかり涙の味がした。
● ● ● ● ●
15.それでもやっぱりケンカの日々
実る筈もなかった「恋」はこうして成就し、俺達は晴れて恋人同士になった。
「ようやく丸く収まったみたいだね」
あとで反町に恩着せがましく言われた。
「2人とも超ニブなんだもん。手が掛かるったら」
「悪かったな」
「せっかくラブラブなんだから、もうケンカなんかしないでよ」
反町には悪いけど、それでもやっぱりケンカの日々は続くのだ。
でも、ケンカと仲直りを繰り返すたびに、前よりも一層こいつを好きになっている。
自惚れてもいいなら、若島津もきっとそうだと思う。
ケンカってのは、ホントに信頼してる相手じゃないと出来ないから、これも一種のコミュニケーションと言えるのかもしれない。
・・・そう言えば、若島津と約束したことが1つある。
「もしもまた、日向さんが失踪したくなったら――」
ある日、あいつが真面目な顔をしてそう言った。
「俺にだけは黙って出て行かないと約束して下さいね。俺もちゃんと、あんたに言ってから堂々と出て行きますから」
「それじゃ失踪って言わないだろ・・つかお前、失踪する予定でもあるのか?」
「ないですけど・・・でも、そうですね。仮に俺がいなくなったとしても・・・」
「・・・おい」
「何処にいてもあんたのピンチには絶対駆け付ける、って約束しますよ」
「何だよそれ」
―――ごく近い将来、この約束が現実のものになろうとは、この時の俺には知る由もなかったのである。
(おわり)
2007.2.17UP
|