4.ちゃんと意識してください ヤバい。 今世紀最大にヤバい。 現在、ユーリは大ピンチに陥っていた。 ピンチとは言っても、命の危険だとかそういった類のものではない。 むしろそういう面では100%の安全保証付きだと言える。 ピンチなのは精神面……つまり心の方なのだった。 今、ユーリが置かれている状況は、「護衛兼名付け親と2人で血盟城の廊下を歩いている」という、極めて日常的なものだ。 そう、極めて日常的なもの「だった」、昨日までは。 昨日、その彼に、告白なのか何なのかよくわからないことを言われ、二度目のキスされるまでは。 恋愛経験値のあまり高くないユーリは、状況も飲み込めないままにすっかり混乱してしまった。 混乱のままに自室に戻り、その時の状況を何度も思い出しては羞恥のあまり広いベッドの上をグルグル転げ回ったあげく(ヴォルフラムがたまたま不在で本当に助かった)、ようやく眠りが訪れたのは明け方になってから。 どのくらい時間が経過したのか、遠いところから何かの声のようなものが聞こえてきて、ユーリの意識は緩やかに覚醒へと向かう。 眠りについてからそれほど時間が経過したようには思えなかったのに、何度か自分の名前を呼ばれたような気がしたのと、軽く身体を揺すられる刺激とでしぶしぶ起きる努力をしてみる。
眠い目をこすりながらがんばって瞼を上げると、すぐそばに視界いっぱいに広がる端正な顔があって、思わず息を詰まらせた。
「おはようございます、陛下、やっと起きましたね。
何度声をかけてもなかなか起きないので、結構心配したんですよ。」
そう言って、ひどく近すぎる場所にあった顔は、安心したような表情を浮かべてすっと後ろへと退いていき、つられてユーリも何となくホッとして息を吐いた。
「…おはよ……心配かけてゴメン……でもって陛下って呼ぶな名付け親……」 「すみませんユーリ、ついクセで」
朝の定例とも言える、いつも通りの掛け合いを無難にこなせた自分に拍手したい、とユーリは思った。
一体誰が、たった一日前に告白まがいのことをしてきて、あまつさえキスまで交わした相手を前に、何事もなかったかのように平常心でいられるというのか。
おまけに、超至近距離でのUP顔付きだ。
っていうか。
(……いたよ、一人。目の前に)
しかも、告白まがいもキスも、自分から仕掛けた方のヤツが。
そう、自分から仕掛けてきたくせに、このユーリの動揺の元凶の態度ときたらいつもの朝と全く変わった様子が見られないw)?氓:・鹿粡・寂蝟?粢衷A踉鬆徐ぢあそこまでやっておいて、この通常モードぶりは一体何なのだろう。
ユーリは名付け親の表情を盗み見るように、そっと上目づかいで見上げてみる。
若干瞳にに探るような気配は含ませているものの、これは単におれの体調不良を疑っている視線だ、とユーリは結論付けた。
結局、やっぱりあれは年長者の余裕な気まぐれ?でやってみたんじゃないのか。
おもしろくない。
朝練用のジャージに着替え、ランニングの為に2人で廊下へ出ながら、ユーリは考える。
彼の行動に大した意味はなかったんだろうに、翻弄されるばかりの自分が情けない。
きっと彼は、歩いているだけで色気を垂れ流し状態にしつつ、たくさんの綺麗なお姉さんたちにも同じようなことを、いや、自分なんかを相手にするよりもっと濃厚な何かをしているのだろう、恋愛スキルの低い自分にはわからないようなことを。
考えていたら、元凶の彼に、そして想像上のお姉さんたちにまで、なんとなく腹が立ってきた。
でも一番腹が立つのはおそらくそれが正解だとわかっているのに、反面2人きりで彼を独占していることに、どうしようもなく緊張を覚えつつも、なぜか心臓の鼓動が高鳴るほど喜んでいる自分自身。 せめて、なけなしのプライドでもって、大きく波打つ心の水面を意地でも顔には出さないようがんばろうとユーリは思う。
思うけれども。
せめて、これでこの廊下に人通りでもあれば、意識も逸れてもう少し違っていたのかもしれないのに、残念ながら周囲に人の気配は微塵も感じられず、嫌でも二人きりという状態を強く意識せずにはいられない。 とにかく、がんばるにはどうすればいいのかさっぱりわからなかった。 この動揺ぶりを悟られたくないのに、今までの自分が、二人きりの時にどう接していたのか、もう全然思い出せない。 普段の自分らしく、トラブルに正面きって突撃していくことも、気持ちが拒絶してしまう。
どうして? もしかして、彼の反応が予想できなくて怖いから? もしかしたら、彼を怒らせることになるかもしれないから?
それは……彼に嫌われたくないから? 「何を考えているんですか」 まさに今、自分の頭の中を支配していた人物の、不機嫌さを全く隠す気のない低い声に驚いて、ユーリは我に返った。 反射的に声のした方を振り向けば、想像に違わない剣呑さを抱えた瞳とぶつかり、ビクリと身体が竦む。 「今、あなたの傍にいるのは俺です。 俺と2人きりなのに、他のことを考えながら歩けるだなんて、ずいぶん余裕があるんですね、ユーリ?」」
言いながら素早く距離を詰め、逃げられないよう立ちすくんだままのユーリの両肩を掴むように手のひらを乗せる。 そうして、ユーリの心の内を探るように、瞳の中を覗き込んでくる。
「こっちを見て。俺のことを、もっともっとちゃんと意識してください。 まったく、キスまで交わしたというのに、こんなにあっさりと忘れられるようでは、さすがに俺もショックですね。 朝起こした時の様子から見ても、昨日の夜だってすっかり熟睡していたようだし。 ……一体どうすればこの中が俺でいっぱいになるのかな?」
そう言って、人差し指でユーリの心臓のある辺りを軽く突いてくる。
「それとも……もう少しインパクトのあることをした方がいいのかな?ねえ、ユーリ」 周囲に聞こえそうなほどドキドキしている心臓の音をこれ以上布越しにも聞かれたくなくて、ブンブンと何度も首を横に振る。 (恋愛スキルのあるなしなんて関係ないよ) この瞳に、指に、声に囚われないでいられるものなんて、きっと存在しない。
2012.12.10 up
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