2.嫌なら「命令」すればいいでしょう? 銀を内包した薄茶の瞳が、互いの間にある距離感を失うほど近づいてくるのを、目を瞠ったまま見守ることしかできない。 驚いた表情を浮かべる自分を映す瞳に吸いこまれるように魅入っている間に、微かに唇の端を何か柔らかいものが掠めていく。 それが彼の唇であると認識した瞬間、ユーリの頭は沸騰しそうになった。 「……っ!」 反射的に体を捩って逃げをうったのに、いつの間にか、まるで拘束するかのように身体に巻きついている長い腕がそれを許さない。 何よりそれを自分に施している相手は、この世界で一番、誰よりも信頼している存在で、たとえ彼自身を盾にしてでも、それを当然として自分を守ってくれていた人で、その彼から受ける思いがけない暴挙にユーリは軽いパニックに陥った。 「は、離せよ!」 理解できないことが起こっている恐怖も手伝って、珍しく高圧的な言葉を放ったユーリへ向かい、相反した楽しそうな響きを含んだ応えが返ってくる。 「ユーリ、それは俺への『お願い』、それとも『命令』?」 「な、に……?」 ついさっきまで自分に一番近しい存在だった彼の言葉が、今は全く伝わらない。 彼の意図がわからない。 それは、ユーリにとって予想外の恐怖をもたらした。 「今から俺がしようとしていることが嫌なら、あなたは一言、俺に「やめろ」と『命令』すればいい。 俺はあなたに逆らわない。だって、ユーリは俺の主ですから。でも」 既にほとんどなかった2人の間の距離を更に縮めて、彼は耳元で囁いた。 「……『お願い』、だったら……、残念だけど今は聞くわけにはいかない。 できることなら、あなたの『お願い』は全部叶えてあげたいんだけど、ね。」 固まったまま、どちらとも応えられないでいるユーリにことさら優しく微笑んで、もう一度その唇に自分のそれをそっと寄せていく。 「残念。時間切れだよ、ユーリ」 掠れた小さな囁きが聞こえたのは、2人の唇が重なる一瞬前。 2012.10.12up
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