1.忠誠心は邪魔なだけです
「忠誠心なんかなければいいと思うことがあるんです。」
服を着た忠誠心ともいえる護衛の彼による、唐突かつ想定外な発言に、ユーリは軽く目を瞬いた。
彼は自分の名付け親でもあり、もっとも自分を理解してくれている存在のはずだが、時折こうやって彼の言葉はユーリの理解や常識の範疇を軽く飛び越えていくことがある。
今の発言は、その中でも別格といえた。
「……なんて反応したらいいのか全然わからないんですが。」
正直な気持ちをユーリが口にすると、仕方がないな、と言わんばかりの表情でもう一度同じ内容の発言を繰り返す。
「ですから、忠誠心なんかなくなればいい、と思うことがあるんです。」
若干言い回しが変わったかな、と冷静にユーリは思った。
忠誠心、意味は「忠実で正直な心。また、忠義を尽くすこと。(大辞泉より)」
これがなくなったらどうなるっていうんだろうか。
忠実でなくなるんだから、もしかして反乱を起こすとか?
……まさか、彼に限って、そんな。
「忠誠心って眞魔国に対しての?」
「いいえ。」
「じゃあ、おれとか?」
「ええ、俺にとって忠誠心という言葉は、あなたの前にのみ存在します。」
どうも対象はおれ限定、らしい。
……考えてみても、どう なるのか余計にわからない。
わからないことは素直に聞くに限るので、早速本人に質問してみた。
「忠誠心がなくなったらどうなるの?」
「いい質問ですね。」
出来の良い生徒を褒める教師のように、彼はユーリの好きな茶水晶の瞳を細めてニッコリ笑った。
「忠誠心がなくなれば、俺は俺の好きなように行動します。
たとえユーリが抵抗しようが、俺のやりたいようにさせて頂きます。
これがあるために、今まで我慢してきたこと、見送ってきたたくさんのこと全てを、実行に移します。
……できるものなら、今すぐにでも。」
ユーリは、少し後悔した。
聞かなければよかったかも、と思ってしまった。
いつも穏やかな彼がここまで断言するほどやりたかったことを、ずっと我慢させてきたことになる。
しかも、知らなかったとはいえ、自分の護衛としてずっと付いてもらっていたせいで。
彼はいつも自分の隣で嬉しそうに笑っていてくれたから、不満があるのに全然気付けなかった。
それでも、知ってしまった以上は状況を改善しなければならない。
「あのさ……、今更って思うかもしれないけど、あんたにやりたいことがあるんだったらさ、そっちを優先してほしい。
おれは………おれはできればずっと傍にいてほしいって思ってるけど、だからって強制はやっぱりダメだもんな。
これ以上あんたの重荷にはなりたくないし。
グウェンにはおれから話しとくから、さっそくグリ江ちゃんに帰ってきてもらうように……」
「ダメです。」
「そうそう、ダメなんだよな、ちゃんとわかってるって、だから」
「ダメなのは、そうやって簡単に俺を捨てようとしているあなたです。」
彼にしては珍しいほど強い口調で、ユーリの言葉に反論を被せてくる。
また自分に遠慮をしてそんな言い方をしているのかと、宥めるつもりで視線を上げた。
瞬間、射竦められるほど強烈な視線に絡めとられて、ユーリは身動きできなくなる。
そのまま、数歩の距離を詰めてきた彼の大きな掌が両肩に置かれ、自分の瞳を覗きこんでくる彼に、至近距離でその視線と対峙させられた。
「俺の忠誠 心は、あなたを守るためのもの。
あなたを害するもの全てから、あなたの身を守る。
………その全ての中に、もちろん俺も含まれる。」
だから、忠誠心など邪魔なだけなんです。