呪文
「スキだぜ」「スキだ」「ダイスキだ」
日に何度も聞くこの言葉。互いの想いが叶えられた日からもう何回聞いたか分らない。
《好き》と互いに告白したときの重みは何処へ。
《スキ》と事あるごとに発するそれは既に何かの呪文のようで俺は気に入らない。
それでも、あんたは変わらず《スキ》と繰り返す。
「もう、やめてっていってるでしょう、いい加減うんざりだ」
「なんだよ、二人きりのときしか言ってないだろ?お前が好きだから好きって言ってんのに」
「だからって、そんなに毎回《スキ》って言われると何が何だか分らなくなります」
「…そうかぁ?俺はまだまだ言い足りないけどな」
眉間にシワを寄せ、「わかんねぇな」と呟く。
わかんないのはこっちだよ。だいたいそんなに軽々しく言う言葉ではないだろう?
あの時俺がどんな想いで「好き」って言ったのか、あんたの「好き」をどんな気持ちで
受け止めたのか…分ってんの!?
「そんなに言われるとまるで呪文のようで、あんたの気持ち伝わってこないんですよね」
まったく、何でも言えば良いってもんじゃないんだよ、日向さん。
「…呪文かぁ、お前面白いこというな」
…あぁもう、分かってないよ、このヒト…
俺が呆れ顔を向けると、上機嫌な笑みを浮かべている。そんな顔向けられると俺もつい
微笑み返しそうになって、慌てて口をつぐむ。惚れた弱みでつい甘やかしてしまう俺だが、
いい加減この呪文とはおさらばしたい。
俺のそんな気持ちも知らず、にやけた虎は俺の隣にやってきた。
「じゃあ、俺の気持ちが伝わる呪文教えてやるよ」
「え?なんですかそれ…別にいいです。聞きたくもない」
「まぁそう言うなって」
そういって背を向けた俺を後ろから抱きこんで耳元で囁く。
「《スキ》って10回言ってみな」
「はぁぁ〜?」
俺の気の抜けた返事に「いいから、ほら」と顎で促す。
俺はため息をつき半分自棄になって、頭で数を数えながらその呪文を唱えた。
「スキスキスキスキスキスキスキ……」
8.9.10ラスト!と数え終わったとたん唇にやわらかいものが触れた。
律儀に数を数えるのに忙しくそれが日向さんの唇だと気づくのに、不覚にも数秒かかった。
「へへ…伝わっただろ?」
唇が離れたあと頭を掻き掻きそんな事を言う。
―――まったくなにやってんの、この人…自分で仕掛けときながら耳が真っ赤だよ。
「ば〜〜か、あんた小学生なみ」
なんだかこっちも照れくさくなって拳で日向さんに軽く一発お見舞いする。
「10回だからあと9回な」
ふたりで目をあわせてククッと笑い、それから2度目のキスを交わした。
ほんと馬鹿だね、あんた。
でもこんなことでさっきまでの呪文のような言葉も嫌いじゃなくなっている自分も馬鹿だ。
「…好きだ…」
何度目かのキスに日向さんが呪文を唱える。
…ねぇあんた、これからもどれだけの呪文を俺にかけていくつもり?
「俺も《スキ》」
その唇に応えながら負けずに俺も呪文をかけた。
「スキだぜ」「スキだ」「ダイスキだ」
俺の想いを込めたこの言葉をあいつは嫌がる。
俺が最初に告げたとき頬を高潮させ自分も「好き」と返してくれたのに。
《スキ》この言葉を伝える為にどれだけの時間と自問を費やしたことか。
想いを遂げた今《スキ》という言葉は俺のなかから溢れて止まらない。
今までのあいつへの気持ちと今の気持ち、それを
何千回、何万回《好き》といっても足らないからだ。
例えば、朝起きておはようの挨拶を交わす、それだけで《好き》だと思う。
肩を並べて歩いているとき、ふと目が合ったとき、ともにサッカーをしているとき、
誰かと雑談しているとき、教室の隅その姿を見つけたとき
…そうあいつの全てにおいて俺は《好き》だと感じる。
そうして《好き》と感じたその言葉は二重にも三重にも膨らみ、
俺のなかのあいつへの《好き》が溢れ出す。
オレハオマエガ《スキ》ナンダ。
まるで魔法をかけられたかのようにその言葉によってあいつで頭がいっぱいになっていく。
だから今日も俺は言う。
俺がお前の魔法にかかっているように、俺もお前に呪文をかける。
「…好きだ…」
お前とともに在りたいから
いつまでもお前が俺を《スキ》でいてくれるように。